脳梗塞で市民病院に入院して、人工透析が終了して落ち着いたから一般病院Aに転院して3週間弱の伯父。

急変し、また透析が必要となり、市民病院に戻りました。

でも、全身を検査すると、原因は肺炎。

市民病院曰く、「なんでもっと早く分からなかったんだ。血液検査とレントゲンですぐ分かるのに」らしいです。

肺の4分の3が白く影なってしまっているということです。

なぜそこまでひどくなるまで、一般病院Aのドクターは気づかなかったのか、「何も問題はないですよ」と言っていたのは何だったのか…。

お見舞いに行ったときに「呼吸早くない?音がヘン…」と言ったときに、「いや…こんなもんちゃうかなぁ…」と伯母は言ったけど、私でも気づいたのに、なぜナースやドクターは気づかなかった???

伯母は泣き崩れて、「訴えてやりたいぐらい悔しい…なんでもっと早く気づいてくれなかったの…」と言ったそうです。

後からナース友達から噂で聞いた話ですが、その病院は「生きて戻れない病院」と言われている有名な病院だとか…。あくまでも噂ですが…。

「あんな病院に入れるんじゃなかった…なんであんな病院に…」と伯母は言うけど、他に受け入れてくれる病院がなかったのも事実…。

肺のほとんどが肺炎を起こしてしまっているので、もう再起は不能です。

親族で話し合って、延命措置はしないことにしました。

もうこれ以上がんばらせるのはかわいそう…。

でも伯母は「延命措置で挿管はしないけど、できるだけの治療はしてください。どんな小さな症状も見逃さず、最期まできちんと治療してください」とドクターにお願いしたそうです。

気丈にしていた伯母や従兄弟たちは、「長くないのは分かっているけど、苦しめたくない」とずっと言っていたのに、結局肺炎で苦しませることになったことにショックを隠せないようです。

伯父と伯母のために、すぐにでも行ってあげたい…。

でも、今日は車がないし、明日は私の病院があって、明後日はセミナーがあるし、日曜日まで行けない…。

そんな中でも伯母は「のりちゃん、明日病院で検査あるんやろ?大丈夫やったらいいね。おっちゃんのこと考えて体調崩したらあかんから忘れてよ」って気遣ってくれて、私の方が泣きそうになってしまって…。

「私は大丈夫だから。日曜日に行くね。おっちゃんに行くから待っててねって言っといてね」としか言えませんでした…。

あの呼吸音がおかしいと気づいたとき、病院の人に伝えればよかった…後悔しています。

でも、いくら中医学をしていると言っても素人だし、「今すぐ胸部レントゲンを撮って下さい」とは言えない…。

何にもできないことが、本当に辛いです。

祈ることしかできない…。

最初の入院のときは元気で話せて、「おっちゃんとのりちゃん、交代交代に入院してるなぁ。もうお互いに止めないとな」と笑っていたのに。

でも、市民病院でまだちょっと話せるときに「私もがんばるから、おっちゃんもがんばろね」と言ったときに「うん」と答えてくれたから、私は私が今すべきことをがんばろう…。

気持ちを切り替えるのは難しいけど、私にはたくさんすることがある…。

私自身も元気にならないといけないし、薬膳インストラクターの試験もあるし、普段のセミナーもあるし…がんばります。