自己紹介が古くなったので、2011年4月に更新しました。

秘書とWEB・DTPデザイナーとしての会社員と、国際薬膳調理師で漢方&薬膳セミナー講師という、二足のわらじを履いて始めた漢方と薬膳のセミナー。

最初はある場所を間借りしてしていましたが、2003年12月から独立して、三宮の会議室を借りて本格的に漢方と薬膳のセミナーを開催するようになりました。

「漢方スクール」とはせずに、「健膳美食サロン」と名付けたのは、中医学(漢方)や薬膳を難しく考える堅苦しいスクールでなく、みんなで楽しく暮らしに役立つセミナーをしてコミュニティを広めたいと思ったからです。

この「健膳美食」というのは、私がひとりで漢方の勉強をしているときに知り合った、今でも尊敬する漢方の師匠が考えてくれた言葉です。

そこに、「みんなが楽しく集まる」という意味を込めて「健膳美食サロン」としました。

趣味は…

漢方(中医学)について語ること
南京町(中華街)でのお買い物
気功やストレッチ
美味しいものを友人達と飲み食いすること
お料理・レシピ開発・魚を捌くこと

…などです。

どっぷり漢方にはまり、これからの人生も漢方にはまった生き方をして、漢方をお仕事をしていこう思っています。

今は元気に楽しく過ごしていますが、私の過去は壮絶なもので、思い出しただけでも「よく生きてたな…」と思いますが、今ではこれらすべてのことが今の私を作っていると思っています。

経験した病気は数え切れないほどあり、ありとあらゆる薬を飲んできました。

年に5回以上は風邪を引き、扁桃腺炎・気管支炎・喘息になるのは当たり前。

インフルエンザから肺炎になって2回入院し、個室のドアに「面会謝絶」を張られたほど。

咳のしすぎで肋骨も2回ヒビが入っています。

メニエール病、膠原病、自律神経失調症など、耳鳴りや目眩で病院をたらい回しにされても症状が緩和されない病気もいっぱいしました。

胃も弱くて、何度も胃潰瘍になり、救急外来→入院が2回。

友人の死、失恋、親友の裏切り、人間関係…などから心身症にもなり、拒食症、不眠症、パニック障害…などでお薬を飲んだこともあります。

DVが原因で離婚したときにも精神状態が悪くなり、安定剤や睡眠導入剤を飲んだり、精神科でカウンセリングを受けたりもしました。

その後、生理痛や下腹部の痛みがひどくなり、ストレスから胃潰瘍も併発し、精神状態も最悪ということで、2005年5月に倒れて緊急入院。

私の人生最悪のときであり、私の人生が変わったときでもあります。

生理時の血の塊も増えてきて、ある日、子供の握り拳大の血の塊が出て貧血で医務室に運ばれ、このときばかりは「死ぬかも」と思いました。

何軒も婦人科をまわりましたが、子宮内膜症と診断されても、「治らない」とか「子供を産めば治る」とか悲しいことばかり言われ続け、傷心状態の日々が続きました。

ピルを出されても、副作用の鬱症状がひどくて、まったく飲めない状態で、痛みは増すばかり。

たまたまネットで見つけたヨガに通い始め、ヨガの先生に紹介してもらったのが、今でも通っている婦人科の先生。

そこで、「大丈夫、良くなるわよ。その代わり2年ぐらい掛かるけどがんばれる?」という言葉にどれだけ励まされたか…。

希望の光が見えかけても、問題はまだまだありました。

まず、子宮内膜症という病気を家族が理解しないこと。

「もっと大きな病院で診てもらった方がいい」とか「手術をした方がいい」とか、いくら話しても納得してもらえず、ストレスばかりが溜まっていきました。

婦人科の先生に相談すると、「私から説明するから、お母さんひとりで来てもらって」と言われて、母ひとりで婦人科へ。

どういう説明をしてくれたのかは知りませんが、納得したようで、「あなたが良くなるために何もしてあげられないから、煎じ薬を煎じるのだけはさせてほしい」と言われ、その後2年以上に渡って、毎日漢方薬を煎じてくれました。

漢方薬を飲んでも、今までの薬漬け生活のせいもあってか、なかなか効果が出ず、落ち込む日が続きましたが、自分が飲んでいる漢方薬がどういうものなのかを調べているうちに、薬日本堂漢方スクールを見つけました。

ワンデーセミナーに行ったときに、「私は漢方で治る」と確信し、そのままスクール生へ。

漢方基礎、応用、薬膳と勉強を続け、卒業後も勉強会には参加するようにしていました。

養生をしているうちに漢方薬も効き始め、煎じ薬からエキス剤へ変えることに。

「もっと元気になりたい」という気持ちと、「もっと漢方を勉強したい」という気持ちで、思い切って超多忙で厳しいIT業界の会社を退職して、少し融通の利く会社へ転職。

東京の北京中医薬大学日本校のセミナーに出席しながら、中医薬膳指導員の試験を受け、上級試験の国際薬膳調理師にも合格しました。

以前から、婦人科の先生を紹介してくださった方から、「漢方と薬膳の教室を開きませんか?」と言われていて、肩書きがなくて断っていましたが、やっと「国際薬膳調理師」という肩書きができたので、2008年夏より「漢方&薬膳セミナー」を開催させていただくことになりました。

会社員をしながらセミナーを開くことは大変でしたが、生徒さんも増えてきて、漢方が好きな人が増えてきて、とても嬉しく思います。

最初はひとりで勉強していた漢方も、今では仲間が増えて、身近に漢方のプロの方も何人かいらっしゃいます。

「漢方の仕事がしたい」と思い出して約7年。

テレビも見ずに勉強して、流行の欲しい物を買わずに高額な漢方や薬膳の本を買い、人脈を広めるためにいろいろなところに行き、ようやく道が見えてきました。

まだまだ勉強が必要ですが、いろいろな面でサポートしてくださる方々に感謝しながら、がんばっていきたいと思います。

いろいろな病気をしたお陰で、相談を受ける方の痛みや苦しみが分かり、いろいろなお薬を飲んだお陰で、西洋薬もある程度分かるのは、ありがたいことです。

失ったものも多かったですが、得るものも多かったと思います。

私の夢は、神戸で漢方と薬膳を広めて、「あそこに行けばなんとかなる…」というコミュニティを作ること。

何年掛かるか分らないですが、実現できるといいなぁ…と思っています。

ここまでやってこられたのも、私のまわりのステキな仲間たちと、人生が変わるきっかけとなった婦人科の先生、そして長年私を苦しめた数々の病気たちのお陰です。

皆さんにも病気にも感謝しています。

そして、どんなときも私を支えてくれた母と、天国から見守ってくれているであろう祖母に、心から感謝しています。

2011年4月 《自己紹介を更新しました》